2013年11月21日木曜日

スローフード

それは単に、注意をはらうか否かの問題である。素材の選択と、その結果としての味に気をつけ、素材やそれを作った人、調理をした人の思いを感じ、食べ方を意識し、食べているものが伝える感覚的メッセージに耳を傾け、食べ物を分かち合う人々の選択、もてなしに気を配る…そうした無限の注意を傾けることで、いかなる環境も同様の尊厳をもって対応することができる。
逆に、選ぶことなく、評価もせず、理解しようともしない。食べ物に対して、まったく注意をはらうことなく、考えもなく口に運ぶ。そのような、いわゆる"ケアレスフード"の対義語として、"スローフード"を唱える。」
スローフード運動が生まれたイタリアの、ある社会学者の言葉。

この言葉通りだとすると、スローフードを楽しむのは、かなり大変なことだ。
だって、これ、ものすごく頭を使う。
一枚の皿、一品の料理から、たくさんのことを感じ、読み取りながら、それらも丸ごと味わう。
同時に、一緒にいる人達は楽しめているか?この場における自分の適切な立ち振る舞いは?なんてことにも意識を行き届かせる。
大量で複雑な思考が求められる。
すごく難しそう。

でも、もしこれを自然にこなせたら、食事は何倍も楽しくなるんだろうなぁ、というのもわかるんだ。
それに、その食事に関わる多くの人を心地よくできるはず。

本質的にスローフードを楽しんでいる人は、こんな膨大な思考を少しも大変だなんて感じずに、ナチュラル
にこなしてしまうんだろう。
そんな人はきっと、人間として魅力的だ。

だったら、自分もそうなりたいじゃないか。そのためには、何気ない日常を雑に流さず、一つひとつ考えながら暮らそう。

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