2016年7月4日月曜日

社会からの自主独立。

昨日、ZOMArketの出店者の皆さんとの交流会として、
1品持ち寄りのごはん会を開催した。
いろんな美味しいものが集まって、とっても幸せな食卓が出来上がり、
楽しい美味しい夜になった。
そんな中、鹿沼の有機農家界の重鎮、土の香グループの鈴木さんから、
いろいろと勉強になるお話しを伺うことができた。
その中で印象に残ったこと。


有機農業とは、そもそもの始まりは、
「安心安全な食べ物をつくりたい」
という想いからではなく、
目的は、
「社会システムからの自主独立」
であった。

1961年に制定された農業基本法により、化学肥料や化学合成農薬の使用が大きく推進され始めた。
当時の農業従事者のほとんどは、化学肥料による農作物の生育のすばらしさに驚嘆し、化学合成農薬の効能に歓喜し、農業は他の産業と同様に、経済合理主義のもと近代化へと突き進んだ。
そしていつしか、それまで当たり前にあった、自然に寄り添った農法を実践する人は消えていった。

時を同じくして、60、70年代安保闘争を中心とした社会運動が起きた。
経済発展を最優先とする社会の大きな流れに抗おうとした人々の運動である。
加えて全国で公害問題も次々と発生し、人々の社会への不信感はどんどん大きくなった。
それらの運動を経て、それでも思いは通じず、資本主義、対米従属主義でひたすら突き進む大きな社会と、「争う」という思考を越えた人々が現れた。
大きな社会に抗うのではなく、
「社会に依存しない、自主独立した生き方を実践する」という思想が生まれた。
テーマは、「社会システムからの脱却」。
そのための表現として、「有機農業」が始まった。

先の通り、この時代の農業には化学肥料、化学合成農薬が蔓延していた。
しかし、それらは「大きな組織」から「買う」ことでしか手に入れることができないものであり、
それを使うことは、「社会システムへの依存」を意味する。
つまりそれらを全く用いず、自身の圃場内での循環で作物を育て、
できた作物を流通させるルートも、顔の見える人の手から手へ。
「社会がどう変わろうと、自分達を変えることはできないぞ」
という、力強い表現。それが社会システムからの脱却への道だった。
まさに現代アートさながら。ライフスタイルでアートをする人々。それがその頃の有機農家だった。

その話を伺い、なんてかっこいいんだ、と感動した。
自主自立し、その周りに豊かな繋がりを生み、小さなコミュニティを形成する。
有機農家は小さな持続可能社会の起点となる。
僕もそこを目指したい。

2016年7月3日日曜日

書きたいのに書けない…。

ブログの更新が滞っております。
そもそもこれは多くの方に読んでいただくためではなく、
自分の備忘録と思考の整理のために書いているので、
時間がある時に書けばいいと思ってはいるものの、
あまりにも書けなさ過ぎました。
おかげで頭の中は混沌としております。
忘れたくないけどうまく言葉にできないままの日々の想いが、
ぐるぐると回ったり、ちょっと消えたり(もったいない)、
あぁ書きたい。なんでこうも時間がなくなってしまったのか。
これからは毎日分書くのではなく、なんとか時間がとれた時に、
自分の頭が整理できる分だけ書くようにしようと思います。

2016年6月14日火曜日

大阪。

淀屋橋。ルシュクレクール。
風が起きていた。
店構えもパンも人も、かっこよくてめちゃくちゃ刺激的だった。
開店30分前に着いたけど、すでに前には10組くらい並んでて、
開店時間の11時には、僕らの後ろにも長蛇の列。100人くらいいたんじゃなかろうか。
いい仕事を見させてもらって、明日からの仕込みに気合が入る。

【6月14日(火)】 
曇り/26℃・18

2016年6月13日月曜日

名古屋から岐阜へ。

2年前に訪れて、感激した店。多治見の、hoshizumi。
名古屋にいる時に、ちょうと星住さんからキッカケをもらい、
急きょレンタカーを手配してディナーへ。
名古屋から1時間くらいで着いた。
思ってたより近くてよかった~。
店内は撮影NGなので、写真はこの1枚しか残っていないけど、
今回も、空間も接客も、そして光ってる料理も、すごく良かった。
今回も刺激をたくさんもらえた。

【6月13日(月)】 
曇り/22℃・16

2016年6月12日日曜日

名古屋旅行。



名古屋。
長年の念願、Nokos à L'étage ノコスアレタージュ。
予約席は2か月待ち(!)だったので、
開店1時間前に到着して、ウェイティングに名前を書く。
席が空いたらお店の方が電話してきてくれて、
それを合図に再来店。

凛とした空間。美しいケーキ。
お店の方の接客もとても気持ちがよかった。
勉強になったなぁ。
自分ももっとちゃんと美意識をもって仕事しないと。

【6月12日(日)】 
晴れ/28℃・20

2016年5月9日月曜日

お金を稼ぐこと。


学生の頃から、つい最近まで、お金を稼ぐことに肯定的になれなかった。
特に会社員だった時期、自分だったら買わないなぁと思うようなものを他人に売ったり、世の中に本当に要るのかどうか自分で自信が持てないものを作ったりして、その結果として月一回、銀行口座の数字が増える。そのお金には実体が感じられず、自分が稼いだって実感もなく。
その実体の感じられない数字を追うのが嫌だった。でも周りの人はその数字の増減に一喜一憂し、その数字を増やすことを人生の目標のようにして、毎日遅くまでオフィスに籠る。
それに違和感を抱いていたのは僕だけなのか?そんなはずないと思うんだけど。
実感がなくても生活の糧としては必要だから、もちろんそのお金はありがたいとは思っていたけれど、そのありがたみの種類は、今とは感覚がまるで違う。

今は、お金に対する考え方が変わった。
お金はとても便利な道具である、と考えるようになった。
なんの為の道具かというと、人間社会における【信頼、支持、尊敬】を、数値化するための道具だ、と現時点の僕は思ってる。
お金は、【信頼、支持、尊敬】が具現化した姿である。
だから、お金を使うということは、そのお金を渡した人やモノ、モノのもつ背景などを【信頼、支持、尊敬】しているということになる。
生活の中の消費行動において、なるべくそのことを意識するべきである。
さらに言えば、お金は数値化するための単なる道具であり、実際に交換しているのは【信頼、支持、尊敬】。だから、交換するモノやコトの【信頼、支持、尊敬】が等価値であれば、お金を介さずして等価交換も可能になる。
つまり、追い求めるべきは道具(お金)ではなく、本質(信頼、支持、尊敬)である。
僕はそこをわかっていなかったし、今でも社会の大部分は道具ばかりを追っているように見える。
だからあの頃の僕は、お金を稼ぐことが気持ち悪いことのように感じていたんだと思う。

そう考えたら、今ではお金を稼ぐことは良いことだと思えるようになった。
でもお金を稼ぐことが目的ではない。
価値観を伝え、様々なものや場所や想いを共有し、共感し、心豊かに生きる。
そのために、【信頼、支持、尊敬】を稼ごう。

 【5月9日(月)】 
曇り/23℃・15

2016年5月8日日曜日

湿疹にはキズパワーパッド。

陶器市の出店に伴い、普段以上のペースでパンを焼いたことで、両手に湿疹。
やっぱり自分の身体には週3くらいのペースが合ってるんだなぁと実感。
そして今回湿疹ができたことから、
傷口から粉が入るのが最も症状の進行を早めるので、絶対に防がないといけない、ということと、
傷口を守るにはキズパワーパッドが有効だってことを学んだ。
アレルギーとも、うまく付き合っていけるように自分でいい塩梅を探し、無理をしないようにすれば、なんとかやっていけると思えるようになった。

【5月8日(日)】 
晴れ/26℃・14