2014年5月28日水曜日

血液検査の結果

手荒れが酷いので、病院に行って血液検査をしてもらった。
採血して、結果が出るまで一週間。気が気じゃなかった。

今日、結果が出た。
俺は、小麦と、ライ麦にアレルギーがあるらしい。
なんでよりによって。
恐れていた結果がそのまま現実になった。
図書館でアレルギーについて色々調べてみたが、そうすぐに解決法は見つからない。
とりあえず、冷え取りと食事改善に一層力を入れてみる。

アレルギーは治るのか、治らないにしても、うまく付き合っていくのか。
どちらかだ。パンを諦めることには絶対にしたくない。

2014年5月9日金曜日

近所にあったら嬉しいもの

自分が近所にあったらいいなと思うもの

・旨いパン屋
・小粋なコーヒー屋
・たまに美味しく酒が飲める場所
・新鮮で健全な食材が買える店
・会うと気持ちのいい友達

いつか自分の近所の人にとって、自分が、自分達が、その全部になれたらいい。

「おいしい革命」を読んだ。

私は人に講義して、持続可能という考え方に変わってほしいとは思いません。シェ・パニースの料理を味わったお客様に、「この材料はどこで手に入れたの?私も欲しいわ」って言って欲しいのです。おいしい料理は、人の価値観を変える楽しい方法なのです。
―アリス・ウォータース

価値観を共有できる人が周りに増えれば、きっと自分ももっと楽しくなるはず。
だからといって、アツく語ってわかってもらおうとしたって、それが響くのは限られた人。
自分が本当に良いと思うことを心から楽しみながら取り組んでいれば、その楽しさや歓びは伝染する。


2014年1月18日土曜日

何かを買うとき考える事

最近、何かを買う時に、
「それを手に入れることで、自分にどんな変化があるか」
を、よく意識するようになった。

服にしてもそう。
ただ、「これかっこいい」ではなくて、
「これを着れば、より自信を持った自分であの人に会えるかも」みたいな。

食べ物もそう。
何かを食べたら、自分の身体はそれを材料に作られる。
だから、それにはどこの誰のどんな時間が詰まっているのか、が気になる。


買い物ひとつで考える事がけっこう増えた。これは、少し大人になれたってことなのかな。
そして、今自分は、買い物をしてもらう側の人間でもある。
だから、
このパンが、このパンに詰まった自分の時間が、買ってくれた人にどんな変化を与えるか。
それを、しっかりと意識しなければと思う。

買ってくれた人が、それをどう捉えて、どう感じるかは、僕が決めることじゃない。
でもそれが、良い変化だったら嬉しい。

買う時、単純に「美味しそう」「食べたい」もいい。
でも、もっと広かったり、深かったり、大きかったりする考えを経ても、その上で選んでもらえるものが作りたい。

2013年12月2日月曜日

パンを選んでよかったと思った話

パンをばっちり美味しそうに、というか、美味しく焼き上げるために必要なものは、
「優しさ」
だってことを思い知った。
計量、仕込み、分割、丸め、成形、焼成、そして、お会計から袋詰めまで、
どこかに優しさが足りないと、わかりやすく結果が変わる。

常に優しさを持つこと。
そんなことが求められる仕事。
それは、パンだけでなく、あらゆる物事に対して重要な姿勢であるはず。
優しい人になろう。
パン職人として、人間として、一人前になるために。

それが自分にできているのかいないのか、否が応でもパンに目に見える形で示される。
だから、パンを選んでよかった。

2013年11月21日木曜日

スローフード

それは単に、注意をはらうか否かの問題である。素材の選択と、その結果としての味に気をつけ、素材やそれを作った人、調理をした人の思いを感じ、食べ方を意識し、食べているものが伝える感覚的メッセージに耳を傾け、食べ物を分かち合う人々の選択、もてなしに気を配る…そうした無限の注意を傾けることで、いかなる環境も同様の尊厳をもって対応することができる。
逆に、選ぶことなく、評価もせず、理解しようともしない。食べ物に対して、まったく注意をはらうことなく、考えもなく口に運ぶ。そのような、いわゆる"ケアレスフード"の対義語として、"スローフード"を唱える。」
スローフード運動が生まれたイタリアの、ある社会学者の言葉。

この言葉通りだとすると、スローフードを楽しむのは、かなり大変なことだ。
だって、これ、ものすごく頭を使う。
一枚の皿、一品の料理から、たくさんのことを感じ、読み取りながら、それらも丸ごと味わう。
同時に、一緒にいる人達は楽しめているか?この場における自分の適切な立ち振る舞いは?なんてことにも意識を行き届かせる。
大量で複雑な思考が求められる。
すごく難しそう。

でも、もしこれを自然にこなせたら、食事は何倍も楽しくなるんだろうなぁ、というのもわかるんだ。
それに、その食事に関わる多くの人を心地よくできるはず。

本質的にスローフードを楽しんでいる人は、こんな膨大な思考を少しも大変だなんて感じずに、ナチュラル
にこなしてしまうんだろう。
そんな人はきっと、人間として魅力的だ。

だったら、自分もそうなりたいじゃないか。そのためには、何気ない日常を雑に流さず、一つひとつ考えながら暮らそう。

2013年11月20日水曜日

はじめに

日々様々なことを感じたり考えたりしているけれど、それを整理する時間が取れていない。
日記も書けていない。
これはもったいないことだと思う。

ブログという形なら、なんとか続けられるんじゃないかと思うから、できるだけここに書き留めるようにしよう。