先日、上都賀農業振興事務所からのご依頼で、
圃場見学会の受入に協力した。
画像はその模様が日本農業新聞栃木版に掲載された様子。
この見学会の中で、一本杉農園の圃場で実験的に実施している農法について話した。
その経過観察と考察を少し。
まず話したのは、
なぜ雑草は畑で生き抜く力が強いのかについての僕なりの考察。
それは、
・その場で連綿と種を繋ぎ、その度にその場の環境に適応した個体が自然に選抜され続けているから
・種の供給量が、人間が蒔く野菜の種とは比べ物にならないくらい多いから
大きくはこの2つだと考えている。
次に提起したのは、
「畑にはえる草が全部食べられる草ならば、草取りが収穫に変わる」
という発想の仕方。
そこで生まれる目標は、野菜に上の2つの雑草の強さの秘訣を持たせることで、野菜を雑草化させることだ。
方法は、
①野菜(今試しているのはアブラナ科)を収穫適期後も畑に残し、種ができるまで待つ。
②できた種を圃場全体に大量にばら蒔く。
これだけ。
一本杉では、わさび菜とからし菜で試しているが、
昨年はこの方法で翌4月までずっとわさび菜とからし菜が収穫できた。
ポイントは種の量で、大量に蒔くことができれば、土の浅いところや深いところ、様々な場所に種が行き渡り、入れ替わり立ち代わりに発芽する。
これは雑草の生え方と同様である。
あとは、わさび菜とからし菜が雑草を打ち負かしてくれるかどうか。
今年の様子(7月2週目現在)。さつまいもの畝。
さつまいもの株間に生えているのはほとんどわさび菜。
この辺りは種の供給量が特に多かったため、わさび菜ばかりはえる。
わさび菜は雑草ほどには縦横に広がらず、根もすぐには深く広く伸びないので、さつまいもの生育にとっては多少邪魔ではあっても雑草よりはるかにマシだ。
また、雑草なら取り除くだけの作業も、わさび菜なら必要な量を収穫する作業になるため、取組むほうの気持ちも大分良い。
こちらはシカクマメの畝 (7月2週目現在)。
畝の上は2週間前に選択除草を行ったため、わさび菜ばかりが残っているが、
畝間はイネ科雑草(メヒシバ?) の海に。
発芽の少し後に一度人の手を入れるかどうかでかなり差がでるようだ。
種とりを重ねることでわさび菜の能力がもっともっと高まれば、いずれ何もしなくてもメヒシバにも勝るようになるだろうか。だといいな。
今年はわさび菜とからし菜に加えて、キク科のレタスも活用できないか試す予定(8月あたりに播種)。
「食べられる草しか生えない畑」を目指して、実験は続く。
2018年7月13日金曜日
2018年7月12日木曜日
学校給食地産地消化 喜多方市熱塩加納町 視察
南摩地区学校給食地産地消化計画「なんま夢やさいプロジェクト」のメンバーと、
地産有機無農薬野菜と特別栽培米の給食を30年前から続ける先進地、
喜多方市熱塩加納町に視察に伺った。
今日は生産者さんと生徒との交流会の日で、
僕らもそこに混ぜていただき、全校生徒+生産者+教員+視察団で給食をいただく。
この日の献立の米と野菜は自給率100%。
食べる前には、生徒から献立に使われている野菜と、その生産者さんの名前の紹介。
これには生徒と一緒に着席している生産者さんも嬉しげ。
次に生産者代表の方からもご挨拶が。
「皆さんが当たり前だと思って食べているこの給食、実は当たり前じゃないんです」
言葉の奥にある愛の大きさ。
そして実食。
本当に驚くほど美味しかった。特に米。特別栽培米を胚芽米に精米して、自校炊飯だから炊きたてホカホカ。
野菜も、味が濃い。
同席していた喜多方市の栄養士さんが、給食を食べながら男子生徒に、
「この量でちゃんとお腹いっぱいになってる?」
と尋ねたら、
「胸いっぱいっす」
だって。うまいこと言うな。
また、お味噌汁がとても具だくさんだったので、調理師さんにそのことを話すと、
「生産者さんが予定よりたくさん野菜を持って来てくれたので、具がいっぱいになっちゃいました」と。
これは胸もお腹もいっぱいだろうなぁと、こっちが嬉しくなった。
食後には生徒から生産者さん達へ感謝状の贈呈。
腰の曲がったおばあちゃんが嬉しそうに感謝状を受け取る姿に、思わず泣きそうになってしまった。
調味料も本物を使用。
質も価格も高い調味料を贅沢に使うことができるのは、
野菜や米の価格を生産者が低く設定して納めてくれているからだという。
給食の時間の後には、
熱塩加納町の取り組みのご説明や、
栄養士さんと生産者さんへの質疑応答の時間も設けていただいた。
参考になるお話しが聞けて、ありがたい限りだ。
南摩地区と熱塩加納町ではそもそも持っている農に関する地域性が異なるので、
同じ形で仕組みをつくることはできないと思うけれど、
地域の子ども達への愛や、未来を思う気持ちを形にする熱意を、
大いに見習って計画を進めていきたい。
地産有機無農薬野菜と特別栽培米の給食を30年前から続ける先進地、
喜多方市熱塩加納町に視察に伺った。
今日は生産者さんと生徒との交流会の日で、
僕らもそこに混ぜていただき、全校生徒+生産者+教員+視察団で給食をいただく。
この日の献立の米と野菜は自給率100%。
食べる前には、生徒から献立に使われている野菜と、その生産者さんの名前の紹介。
これには生徒と一緒に着席している生産者さんも嬉しげ。
次に生産者代表の方からもご挨拶が。
「皆さんが当たり前だと思って食べているこの給食、実は当たり前じゃないんです」
言葉の奥にある愛の大きさ。
そして実食。
本当に驚くほど美味しかった。特に米。特別栽培米を胚芽米に精米して、自校炊飯だから炊きたてホカホカ。
野菜も、味が濃い。
同席していた喜多方市の栄養士さんが、給食を食べながら男子生徒に、
「この量でちゃんとお腹いっぱいになってる?」
と尋ねたら、
「胸いっぱいっす」
だって。うまいこと言うな。
また、お味噌汁がとても具だくさんだったので、調理師さんにそのことを話すと、
「生産者さんが予定よりたくさん野菜を持って来てくれたので、具がいっぱいになっちゃいました」と。
これは胸もお腹もいっぱいだろうなぁと、こっちが嬉しくなった。
食後には生徒から生産者さん達へ感謝状の贈呈。
腰の曲がったおばあちゃんが嬉しそうに感謝状を受け取る姿に、思わず泣きそうになってしまった。
調味料も本物を使用。
質も価格も高い調味料を贅沢に使うことができるのは、
野菜や米の価格を生産者が低く設定して納めてくれているからだという。
給食の時間の後には、
熱塩加納町の取り組みのご説明や、
栄養士さんと生産者さんへの質疑応答の時間も設けていただいた。
参考になるお話しが聞けて、ありがたい限りだ。
南摩地区と熱塩加納町ではそもそも持っている農に関する地域性が異なるので、
同じ形で仕組みをつくることはできないと思うけれど、
地域の子ども達への愛や、未来を思う気持ちを形にする熱意を、
大いに見習って計画を進めていきたい。
2018年1月24日水曜日
「豊かに暮らす」ということ。
農薬や化学肥料を使わずに畑をやったり、
材料にこだわってパンを焼いているのに、
自分は普段はスナック菓子やコンビニ弁当を食べているようでは、変だ。
それでは本物はつくれない。それはわかっているつもり。
実際に、僕は添加物の使われているものは食べないし、コンビニにもほとんど行かない。
でも、それに加えて、
最近思い知ったのは、
店には常に花を生けるのに、家に生けないのは変だ。
店ではお客さまの人数や雰囲気に合わせて音楽を選ぶのに、家ではテレビがBGMなんておかしい。
店のテーブルには食べ物がより美味しそうに見える光が入るように照明や窓に気を付けているのに、家ではのぺっと陰影の出ない光の下で食事をしていては、もったいない。
皿だってそうだ。家でも本物を使うべきだ。
美しいと思えないものを、暮らしから無理のない範囲で無くしていこう。
自分の暮らしを大切に。
日々、自分と家族にもてなしを。
暮らしの中での実践の積み重ねでこそ、
自分らしくて、しかも自分以外をも心地良くさせる、そういう力が磨かれる。
そして何より、それが「豊かに暮らす」ということだろう。
材料にこだわってパンを焼いているのに、
自分は普段はスナック菓子やコンビニ弁当を食べているようでは、変だ。
それでは本物はつくれない。それはわかっているつもり。
実際に、僕は添加物の使われているものは食べないし、コンビニにもほとんど行かない。
でも、それに加えて、
最近思い知ったのは、
店には常に花を生けるのに、家に生けないのは変だ。
店ではお客さまの人数や雰囲気に合わせて音楽を選ぶのに、家ではテレビがBGMなんておかしい。
店のテーブルには食べ物がより美味しそうに見える光が入るように照明や窓に気を付けているのに、家ではのぺっと陰影の出ない光の下で食事をしていては、もったいない。
皿だってそうだ。家でも本物を使うべきだ。
美しいと思えないものを、暮らしから無理のない範囲で無くしていこう。
自分の暮らしを大切に。
日々、自分と家族にもてなしを。
暮らしの中での実践の積み重ねでこそ、
自分らしくて、しかも自分以外をも心地良くさせる、そういう力が磨かれる。
そして何より、それが「豊かに暮らす」ということだろう。
2018年1月22日月曜日
25(木)、26(金)はお休みをいただきます。
本日より、第二子出産の為妻が入院となりました。
それに伴い、誠に恐れ入りますが、今週は家族最優先で行
25(木)、26(金)は、パンと野菜、カフェ共にお休
お客様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。
.
なお、27(土)は、スタッフのみんながイベント《杉の
こちらはぜひお楽しみになさってください!
.
僕は今週は妻を全力応援、娘とラブラブデートでいきます
2018年1月1日月曜日
2018 明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
2018年は1月6日(土)より営業開始です。
1月7日(日)は9:00~14:00の短縮時間になりますが、特別営業します。
なお、カフェ蒔時の営業は1月11日(木)からとなります。
1月6日(土)…パンと野菜の直売所のみ営業 カフェはお休み
1月7日(日)…パンと野菜の直売所のみ営業※9:00~14:00 カフェはお休み
1月11日(木)以降…直売、カフェ共に通常営業開始
1月は妻の第二子の出産という、人生の大イベントが控えております。
その為、縮小営業や臨時休業もあり得るかと思いますが、
何卒ご理解いただけますようお願いいたします。
本年もよろしくお願いいたします。
2018年は1月6日(土)より営業開始です。
1月7日(日)は9:00~14:00の短縮時間になりますが、特別営業します。
なお、カフェ蒔時の営業は1月11日(木)からとなります。
1月6日(土)…パンと野菜の直売所のみ営業 カフェはお休み
1月7日(日)…パンと野菜の直売所のみ営業※9:00~14:00 カフェはお休み
1月11日(木)以降…直売、カフェ共に通常営業開始
1月は妻の第二子の出産という、人生の大イベントが控えております。
その為、縮小営業や臨時休業もあり得るかと思いますが、
何卒ご理解いただけますようお願いいたします。
2017年12月11日月曜日
シンプルに言えるといい。
昨日は一本杉のみんなと忘年会。
楽しかった。飲み過ぎたなぁ。
最後、締めの挨拶を求められて、
自分の口から酔いに任せて不意に出た言葉に、自分がその意味を後から考えさせられる。
「どれだけ言葉を尽くそうとしても、どうしても浅くなるから、言葉はなるべく少なく、シンプルにしたい。」
この一年みんなと仕事ができて楽しかった。本当にありがとう。
この一言さえ言えればいい。
他にたくさん伝えたい気持ちはあるけど、他の言葉を重ねれば重ねるほど、気持ちが言葉に引っ張られる。
その場で言葉に表せることなんて、伝えたい感謝や思いの総量からしたら本当にちっぽけなのに、言葉にするとそれ以外の言葉にならなかったものが影に隠れる気がする。
伝えたい相手も、そしてそれを口にした自分も、言ったこと、言い残したことにとらわれる。言葉は便利だけど不便だ。
様々な人と交わって、
自分の思いをなるべくわかりやすく誤解のないように言葉にして伝えることが必要だと感じたこともあった。そして、いくら言葉を尽くしても伝わらない人には伝わらないし、伝わる人には、シンプルな言葉でより深く伝わる、と学んだ。
自分も、今までお世話になった方々から、言葉以外で伝えてもらっていたことが沢山あったんだと改めて思った。改めて当時を思い起こして、今更になって気付かせてもらうこともある。あぁ、あの時のあの言葉の奥には…って。
自分もそういう風に言葉を扱えるようになりたいな。言葉を尽くすより、シンプルにする方が難しそうだ。ただ口数を減らせばいいってわけじゃない。
相手に伝えようと練りに練り上げた思考を、吐き出さずに解体再構築して、削ぎ落として一言に込める。
賢明で無口な人の頭の中は、見た目には静かでも、実は物凄い速さと量の思考が廻ってるのかもしれない。
2017年11月20日月曜日
ZOMArket終わり。
今年最後のZOMArketが終わった。
最後は晴天に恵まれ、マーケット日和のいい一日になった。
今までの形のZOMArketは、今回で終わりにしようと思う。
物事を考える時、
目的から手段を逆算して建設的に考えて結論を出す時と、
直感の中に結論が先にあり、それを信じてその理由を考える時がある。
今回の決断は後者だ。
このまま続けるより別の良い形がありそうだ、
と直感的に思った。
その理由を考える。
まずそもそもマーケットの目的は何だったか。
「より豊かな日常を、みんなで育むマーケット」
であり、
ここでいう豊かさとは、
当たり前のことを大切にできることであったり、何気ない物事の中にある幸せに気づけることであったり、
今ある日常を改めて見つめなおし、考えが及んでいなかったことや、気持ちが行き届いていなかった部分を洗い出して少しずつ改善していくこと。
暮らしときちんと向き合い、ちゃんと味わう。そのキッカケづくり。
具体的には、
顔の見えるつくり手のつくったものを食べる、使う、触れる。
感性が刺激されるものを見る、聴く、食べる、体験する。
それらを日常に散りばめることで、日常をより良くしていく。
そのための場としてのマーケットだった。
ZOMArketをはじめて丸2年。
マーケットを通じてたくさんの素晴らしい方々と出会い、
色んなキッカケやチャンスもいただけるようになった。
それこそがマーケットを開催してきたことの最大の収穫であり、
逆にそれらがあったからこそ、
そもそものマーケット開催の目的「=より豊かな日常を、みんなで育む」を果たすために取るべき手段は、「マーケット」でなくてもよくなった。
これが直感の根かな。
マーケットの開催は目的ではなく手段であり、
目指すべきゴールは「より豊かな日常を、みんなで育む」こと。
その為に、限りある自分の時間やエネルギーをいかにより効率的に使うか、いただいたご縁をどう活かすかを、改めてよく考えたくなった。
2年で明らかになった課題もある。
「無農薬の野菜への需要に対して、地域にそれを供給できる農家さんが少なすぎる」
ということ。同じく、
「無農薬の野菜への需要に対して、日常的にそれを購入できる場が少なすぎる」
ことも大きな課題。
うちのように半農でもいいから、
無農薬の野菜の生産、供給に携われる仲間づくりが必要だと感じる。
また、すでに動き始めている新たな取り組みもある。
「学校給食無農薬化計画」。
これは幼馴染や南摩地区の地域の方々と一緒に進行中。
単に給食だけを変えるというだけでなく、実践食育に力を入れる地域づくりを目指す。
上手くいけば来春から少しずつ動き出せる。今はまだまだ机上の空論だけど。
来年は、今までマーケットの運営に費やしてきた時間やエネルギーを、
より効率的に地域の為に活かせるよう、どう使うかを熟慮した上で行動する。
もちろん、主導は僕でなくてもいい。
何か皆さんの取り組みで僕に協力できることがあれば、ぜひお声掛けください。
2年間本当にありがとうございました!
最後は晴天に恵まれ、マーケット日和のいい一日になった。
今までの形のZOMArketは、今回で終わりにしようと思う。
物事を考える時、
目的から手段を逆算して建設的に考えて結論を出す時と、
直感の中に結論が先にあり、それを信じてその理由を考える時がある。
今回の決断は後者だ。
このまま続けるより別の良い形がありそうだ、
と直感的に思った。
その理由を考える。
まずそもそもマーケットの目的は何だったか。
「より豊かな日常を、みんなで育むマーケット」
であり、
ここでいう豊かさとは、
当たり前のことを大切にできることであったり、何気ない物事の中にある幸せに気づけることであったり、
今ある日常を改めて見つめなおし、考えが及んでいなかったことや、気持ちが行き届いていなかった部分を洗い出して少しずつ改善していくこと。
暮らしときちんと向き合い、ちゃんと味わう。そのキッカケづくり。
具体的には、
顔の見えるつくり手のつくったものを食べる、使う、触れる。
感性が刺激されるものを見る、聴く、食べる、体験する。
それらを日常に散りばめることで、日常をより良くしていく。
そのための場としてのマーケットだった。
ZOMArketをはじめて丸2年。
マーケットを通じてたくさんの素晴らしい方々と出会い、
色んなキッカケやチャンスもいただけるようになった。
それこそがマーケットを開催してきたことの最大の収穫であり、
逆にそれらがあったからこそ、
そもそものマーケット開催の目的「=より豊かな日常を、みんなで育む」を果たすために取るべき手段は、「マーケット」でなくてもよくなった。
これが直感の根かな。
マーケットの開催は目的ではなく手段であり、
目指すべきゴールは「より豊かな日常を、みんなで育む」こと。
その為に、限りある自分の時間やエネルギーをいかにより効率的に使うか、いただいたご縁をどう活かすかを、改めてよく考えたくなった。
2年で明らかになった課題もある。
「無農薬の野菜への需要に対して、地域にそれを供給できる農家さんが少なすぎる」
ということ。同じく、
「無農薬の野菜への需要に対して、日常的にそれを購入できる場が少なすぎる」
ことも大きな課題。
うちのように半農でもいいから、
無農薬の野菜の生産、供給に携われる仲間づくりが必要だと感じる。
また、すでに動き始めている新たな取り組みもある。
「学校給食無農薬化計画」。
これは幼馴染や南摩地区の地域の方々と一緒に進行中。
単に給食だけを変えるというだけでなく、実践食育に力を入れる地域づくりを目指す。
上手くいけば来春から少しずつ動き出せる。今はまだまだ机上の空論だけど。
来年は、今までマーケットの運営に費やしてきた時間やエネルギーを、
より効率的に地域の為に活かせるよう、どう使うかを熟慮した上で行動する。
もちろん、主導は僕でなくてもいい。
何か皆さんの取り組みで僕に協力できることがあれば、ぜひお声掛けください。
2年間本当にありがとうございました!
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