4月から毎月1回ずつ、月の最終日曜日に開催してきたZOMArket。
2016年は、11月で終了。
写真は出店者のみなさんとの、一品持ち寄りでの忘年会。
業種も年齢も様々だけれど、価値観や目指す方向性に共感できる方々がそろってくれた。
このことが、マーケットの最初の一年で得られた何よりの実り。
皆さんと一年やってこれたことが、本当にめちゃくちゃ嬉しいし、ありがたい。
こういう繋がりを持つことができたのは、
単発のイベントではなく、日常に寄り添うことを目指す、毎月開催のマーケットならではだと思う。
マーケットをはじめる前、自分はなぜこのマーケットをやりたいのか、
よく考えてみたことがあった。
その時の結論は「価値観の共有」。
しかしその時には、今思えば、自分の価値観を伝えて、共感を抱いてもらうようなやり方をとろうとしていた気がする。
おこがましいことだ。
自分の価値観と近かったり、より深かったり、時には逆に見えたり、
そんな様々な価値観に触れて、それぞれの持つ価値観をより熟成させながら、
目指す方向性や場所がなんとなく近づいていくことが、本質的な「価値観の共有」だと感じた。
(う~んまだうまく言葉にならないか。)
「南摩の日常を少しずつ豊かに!」という、
ちょっと抽象的なテーマも、
ではその「少しずつ豊かに」なるとは、具体的にどういうことか、
それぞれが熟成させた価値観の、フォーカスが集まる先や、その軌道上に答えがありそうだ。
それまで、また引き続きお付き合いの程、宜しくお願いいたします。
次は来年の4月から再スタート。
それまでにもっと思考を広げて、深めて、
マーケットも自分も少しずつ成長させていきたい。
2016年12月6日火曜日
2016年10月2日日曜日
娘が産まれました。
10月2日、長女が生まれた。
僕らの好きな本「ハチドリのひとしずく」からとり、
「雫」と名付けた。
この本の物語は、
山火事が起きて、山に住んでいた動物たちはみんな逃げ出していったけれど、
一羽の小さなハチドリだけは、川から水を汲んできて、一滴ずつ水を山火事に落とす、というもの。
「私は、私にできることをしているだけ」。
この言葉が印象に残った。
そのハチドリの行動も、その言葉も、とてもいいんだけど、
この本を読んで、それよりももっといいなぁと感じたのは、
ハチドリが水を落として、その後山火事がどうなったか、
結論は、読み手に委ねられているところ。
物語は自分で考えて、つくりあげていくものであるべきだ。
自分で選んで、自分のなりたいものに。進みたい方へ。
そんな風に生きてほしい。
僕らの好きな本「ハチドリのひとしずく」からとり、
「雫」と名付けた。
この本の物語は、
山火事が起きて、山に住んでいた動物たちはみんな逃げ出していったけれど、
一羽の小さなハチドリだけは、川から水を汲んできて、一滴ずつ水を山火事に落とす、というもの。
「私は、私にできることをしているだけ」。
この言葉が印象に残った。
そのハチドリの行動も、その言葉も、とてもいいんだけど、
この本を読んで、それよりももっといいなぁと感じたのは、
ハチドリが水を落として、その後山火事がどうなったか、
結論は、読み手に委ねられているところ。
物語は自分で考えて、つくりあげていくものであるべきだ。
自分で選んで、自分のなりたいものに。進みたい方へ。
そんな風に生きてほしい。
2016年9月18日日曜日
引っかかっていたひと言。
飲みの席で聞いた言葉が、ずっと頭の中に引っかかっていた。
ある同業者の先輩のひと言。
「最終目標はなんですか?」と尋ねられた際の返答。
「世界平和!」
その時は、「先輩の場合は世界平和というより世界征服でしょ~」
なんて、みんなで笑って終わりだったけど、
後々になっても、その言い切りぶりと、それまで自分が考えもしていなかった言葉だったことからか(本当は考えるべきなのに、って感じたからかな)、
その時の場面が深く印象に残って、何度もフラッシュバックしたりした。
なぜそこまで自分の頭に引っかかったのか考えてみる。
先輩がその一言に至るまでの思考を想像する。
そして思った。
世界と自分の生活とのより良いバランスを探して進むような、
先輩や僕の場合のような個人事業の運営も含め、
多くの草の根的な小さな社会活動は、
世界を平和にできる唯一の道なのかもしれない。
というのも、
仮に、圧倒的に巨大な力を持った善良な権力者がいて、
その人やその周りの一部の人たちだけで世界を平和にするべく行動したとしても、
それはきっと叶わないだろう。それは歴史がすでに証明してる。
自分の身の回り、徒歩圏内の世界を自分なりに平和にしようと、
確かな知識と志を持ち、小さな力でも懸命に取り組む人が、
世界中で同時多発的に現れ、行動することが、たぶん世界平和への唯一の道。
そう思った。
だからといってやることは大して変わらない。
ただその先に、そんな壮大で素晴らしいゴールを見据えるということは、
きっとこの先で迎える選択を、より良い方へ導いてくれる気がする。
ある同業者の先輩のひと言。
「最終目標はなんですか?」と尋ねられた際の返答。
「世界平和!」
その時は、「先輩の場合は世界平和というより世界征服でしょ~」
なんて、みんなで笑って終わりだったけど、
後々になっても、その言い切りぶりと、それまで自分が考えもしていなかった言葉だったことからか(本当は考えるべきなのに、って感じたからかな)、
その時の場面が深く印象に残って、何度もフラッシュバックしたりした。
なぜそこまで自分の頭に引っかかったのか考えてみる。
先輩がその一言に至るまでの思考を想像する。
そして思った。
世界と自分の生活とのより良いバランスを探して進むような、
先輩や僕の場合のような個人事業の運営も含め、
多くの草の根的な小さな社会活動は、
世界を平和にできる唯一の道なのかもしれない。
というのも、
仮に、圧倒的に巨大な力を持った善良な権力者がいて、
その人やその周りの一部の人たちだけで世界を平和にするべく行動したとしても、
それはきっと叶わないだろう。それは歴史がすでに証明してる。
自分の身の回り、徒歩圏内の世界を自分なりに平和にしようと、
確かな知識と志を持ち、小さな力でも懸命に取り組む人が、
世界中で同時多発的に現れ、行動することが、たぶん世界平和への唯一の道。
そう思った。
だからといってやることは大して変わらない。
ただその先に、そんな壮大で素晴らしいゴールを見据えるということは、
きっとこの先で迎える選択を、より良い方へ導いてくれる気がする。
2016年8月16日火曜日
ゆるベジタリアン生活。
先日、久しぶりにマクロビと哲学の先生に会いに行った。
小麦アレルギーの症状がずっと引いていない手を診てもらうために。
僕の手を見て、触って、先生の一言。
「肉を食べない方がいいね。治ったら食べていいよ。」
なるほど。
それから、やむを得ない場合以外は、肉を食べていない。(卵はたまに食べてる。)
はじめは、肉を食べないと物足りなくなるんじゃないかなぁ、と思っていたけれど、
やってみると案外平気なもので、野菜のオカズだけで十分満足。
きちんと育てた野菜は本当に旨い。
そして丁寧につくった料理は、肉がなくたって本当に心を満たしてくれる。
肉を食べなくなって、そんなことを改めて実感してる。
そして実際、身体の調子もかなり良くなってきていて、
アレルギーの症状もだんだん改善されている。
消化につかうエネルギーが少なくて済むようになり、
内臓に消化以外の働きをする余裕が生まれたんだと思う。
また、これは少しスピリチュアルな話だけど、
今の社会で広く流通している肉について。
家畜は、狭いところに閉じ込められ、自然でないものを食べさせられ、
抗生物質を投与され、ほとんど自由がないまま、殺され、捌かれ、肉になる。
そのプロセスで家畜は、ストレスや恐怖を蓄積させて、そうして溜まった負のエネルギーは、
肉にも残る。
肉を食べることは、そのエネルギーを背負うことになる。
それが背負いきれなくなると、身体の不調として現れる。
これはあくまで一つの考え方だけど、
自分が携わったものごとに良いエネルギーを込めたい、と思っていた僕には、なんだかしっくりきた。
かといってこの先一切肉を食べたくないと思っているわけじゃないけど。
そういうエネルギーがなるべく少ないものを選べたらいいなぁとは、深く思う。
そんなわけで現在僕はゆるベジタリアンです。
いつまで続くかな。
野菜の美味しい食べ方を、もっともっと知りたい。
小麦アレルギーの症状がずっと引いていない手を診てもらうために。
僕の手を見て、触って、先生の一言。
「肉を食べない方がいいね。治ったら食べていいよ。」
なるほど。
それから、やむを得ない場合以外は、肉を食べていない。(卵はたまに食べてる。)
はじめは、肉を食べないと物足りなくなるんじゃないかなぁ、と思っていたけれど、
やってみると案外平気なもので、野菜のオカズだけで十分満足。
きちんと育てた野菜は本当に旨い。
そして丁寧につくった料理は、肉がなくたって本当に心を満たしてくれる。
肉を食べなくなって、そんなことを改めて実感してる。
そして実際、身体の調子もかなり良くなってきていて、
アレルギーの症状もだんだん改善されている。
消化につかうエネルギーが少なくて済むようになり、
内臓に消化以外の働きをする余裕が生まれたんだと思う。
また、これは少しスピリチュアルな話だけど、
今の社会で広く流通している肉について。
家畜は、狭いところに閉じ込められ、自然でないものを食べさせられ、
抗生物質を投与され、ほとんど自由がないまま、殺され、捌かれ、肉になる。
そのプロセスで家畜は、ストレスや恐怖を蓄積させて、そうして溜まった負のエネルギーは、
肉にも残る。
肉を食べることは、そのエネルギーを背負うことになる。
それが背負いきれなくなると、身体の不調として現れる。
これはあくまで一つの考え方だけど、
自分が携わったものごとに良いエネルギーを込めたい、と思っていた僕には、なんだかしっくりきた。
かといってこの先一切肉を食べたくないと思っているわけじゃないけど。
そういうエネルギーがなるべく少ないものを選べたらいいなぁとは、深く思う。
そんなわけで現在僕はゆるベジタリアンです。
いつまで続くかな。
野菜の美味しい食べ方を、もっともっと知りたい。
2016年8月1日月曜日
都市を耕す エディブルシティ
昨日、ZOMArketで上映した映画。
「 都市を耕す エディブルシティ」。
多くの方々に観ていただけて本当によかった。
上映に向けて、自分なりに作品への理解を深めようと、
もう10回以上は繰り返し観てる。
観る度に新しい発見がある。すごくいい作品。
自分なりの感想をまとめておこうと思う。
まず、タイトルから受ける印象としては、
「都市にも空き地はあるのだから、そこに食べ物を植えよう!」
というような内容かな、と感じる。
もちろんそれもある。
でも、 この作品から学べること、また、扱っている題材も、
そのテーマには全く収まりきらない。
食を切り口に幅広い社会課題を浮き彫りにしている。
幅広いから、観終わった後に残る印象的なシーンは、観た人が普段から何に関心があるかで変わってくると思う。ぜひ多くの人に繰り返し観てほしい。
僕がこの作品から感じた重要な点は、
「食の主権を自分たちの手で掴み取る」
ということ。それも、
「楽しさ、美味しさ、気持ちよさ」を伴う手段で。
それによって社会の主権を取り戻す。
具体的には、有機農業が必要。
単純に「有機農業」とひと口で表すのは不十分。
ここで必要なのは、「お金や化石燃料に依存しない農業」だ。
土と水と太陽があれば、1円もお金を使わずに、ガソリンも用いずに、
食べ物は手に入れることができる。
そのことを身をもって実感することが、ここでは必要。
(もちろん実際に農業で生活をしていくとするならば、お金も化石燃料も使って構わないと僕は思う。慣行農法も否定はしない。ただ、使わなくても食べ物は育てられる、と知っておくことはとても重要。)
それを実感できた人は、「稼ぐことからの解放」という感覚を手に入れる。
もちろん現代において、社会的な生活を送るためにはお金は必要不可欠。
お金が要らなくなる、という話ではない。
ただ、「お金がなくても食うことができる」という、
「感覚」を持っている人の暮らし方、考え方は、
持っていない人のそれとは劇的に変わっていくと思う。
そして、その「感覚」を持っている人が増えれば、やがて社会まで変わる。
「お金や化石燃料に依存しない農業」の実践がもたらすのは、そんなパラダイムシフトだ。
最高に気持ちのいい空気の中、楽しく手を使って作業をして、
収穫した野菜をみんなで美味しく食べる。
そんなハッピーな経験を多くの人と共有したい。
いま僕にできる可能性のある社会貢献は、それだと感じた。
もっと大きな話をするならば、小中学校の授業でも「お金や化石燃料に依存しない農業」を教えてほしい。
それは小さな消費で社会をいい方向へ大きく変えると思う。
その為に僕が力になれるなら喜んで何かしたい。
この映画を観た人、よかったら僕と話をしましょう。
あなたの感想も聞きたい。
「 都市を耕す エディブルシティ」。
多くの方々に観ていただけて本当によかった。
上映に向けて、自分なりに作品への理解を深めようと、
もう10回以上は繰り返し観てる。
観る度に新しい発見がある。すごくいい作品。
自分なりの感想をまとめておこうと思う。
まず、タイトルから受ける印象としては、
「都市にも空き地はあるのだから、そこに食べ物を植えよう!」
というような内容かな、と感じる。
もちろんそれもある。
でも、 この作品から学べること、また、扱っている題材も、
そのテーマには全く収まりきらない。
食を切り口に幅広い社会課題を浮き彫りにしている。
幅広いから、観終わった後に残る印象的なシーンは、観た人が普段から何に関心があるかで変わってくると思う。ぜひ多くの人に繰り返し観てほしい。
僕がこの作品から感じた重要な点は、
「食の主権を自分たちの手で掴み取る」
ということ。それも、
「楽しさ、美味しさ、気持ちよさ」を伴う手段で。
それによって社会の主権を取り戻す。
具体的には、有機農業が必要。
単純に「有機農業」とひと口で表すのは不十分。
ここで必要なのは、「お金や化石燃料に依存しない農業」だ。
土と水と太陽があれば、1円もお金を使わずに、ガソリンも用いずに、
食べ物は手に入れることができる。
そのことを身をもって実感することが、ここでは必要。
(もちろん実際に農業で生活をしていくとするならば、お金も化石燃料も使って構わないと僕は思う。慣行農法も否定はしない。ただ、使わなくても食べ物は育てられる、と知っておくことはとても重要。)
それを実感できた人は、「稼ぐことからの解放」という感覚を手に入れる。
もちろん現代において、社会的な生活を送るためにはお金は必要不可欠。
お金が要らなくなる、という話ではない。
ただ、「お金がなくても食うことができる」という、
「感覚」を持っている人の暮らし方、考え方は、
持っていない人のそれとは劇的に変わっていくと思う。
そして、その「感覚」を持っている人が増えれば、やがて社会まで変わる。
「お金や化石燃料に依存しない農業」の実践がもたらすのは、そんなパラダイムシフトだ。
最高に気持ちのいい空気の中、楽しく手を使って作業をして、
収穫した野菜をみんなで美味しく食べる。
そんなハッピーな経験を多くの人と共有したい。
いま僕にできる可能性のある社会貢献は、それだと感じた。
もっと大きな話をするならば、小中学校の授業でも「お金や化石燃料に依存しない農業」を教えてほしい。
それは小さな消費で社会をいい方向へ大きく変えると思う。
その為に僕が力になれるなら喜んで何かしたい。
この映画を観た人、よかったら僕と話をしましょう。
あなたの感想も聞きたい。
2016年7月4日月曜日
社会からの自主独立。
昨日、ZOMArketの出店者の皆さんとの交流会として、
1品持ち寄りのごはん会を開催した。
いろんな美味しいものが集まって、とっても幸せな食卓が出来上がり、
楽しい美味しい夜になった。
そんな中、鹿沼の有機農家界の重鎮、土の香グループの鈴木さんから、
いろいろと勉強になるお話しを伺うことができた。
その中で印象に残ったこと。
有機農業とは、そもそもの始まりは、
「安心安全な食べ物をつくりたい」
という想いからではなく、
目的は、
「社会システムからの自主独立」
であった。
1961年に制定された農業基本法により、化学肥料や化学合成農薬の使用が大きく推進され始めた。
当時の農業従事者のほとんどは、化学肥料による農作物の生育のすばらしさに驚嘆し、化学合成農薬の効能に歓喜し、農業は他の産業と同様に、経済合理主義のもと近代化へと突き進んだ。
そしていつしか、それまで当たり前にあった、自然に寄り添った農法を実践する人は消えていった。
時を同じくして、60、70年代安保闘争を中心とした社会運動が起きた。
経済発展を最優先とする社会の大きな流れに抗おうとした人々の運動である。
加えて全国で公害問題も次々と発生し、人々の社会への不信感はどんどん大きくなった。
それらの運動を経て、それでも思いは通じず、資本主義、対米従属主義でひたすら突き進む大きな社会と、「争う」という思考を越えた人々が現れた。
大きな社会に抗うのではなく、
「社会に依存しない、自主独立した生き方を実践する」という思想が生まれた。
テーマは、「社会システムからの脱却」。
そのための表現として、「有機農業」が始まった。
先の通り、この時代の農業には化学肥料、化学合成農薬が蔓延していた。
しかし、それらは「大きな組織」から「買う」ことでしか手に入れることができないものであり、
それを使うことは、「社会システムへの依存」を意味する。
つまりそれらを全く用いず、自身の圃場内での循環で作物を育て、
できた作物を流通させるルートも、顔の見える人の手から手へ。
「社会がどう変わろうと、自分達を変えることはできないぞ」
という、力強い表現。それが社会システムからの脱却への道だった。
まさに現代アートさながら。ライフスタイルでアートをする人々。それがその頃の有機農家だった。
その話を伺い、なんてかっこいいんだ、と感動した。
自主自立し、その周りに豊かな繋がりを生み、小さなコミュニティを形成する。
有機農家は小さな持続可能社会の起点となる。
僕もそこを目指したい。
1品持ち寄りのごはん会を開催した。
いろんな美味しいものが集まって、とっても幸せな食卓が出来上がり、
楽しい美味しい夜になった。
そんな中、鹿沼の有機農家界の重鎮、土の香グループの鈴木さんから、
いろいろと勉強になるお話しを伺うことができた。
その中で印象に残ったこと。
有機農業とは、そもそもの始まりは、
「安心安全な食べ物をつくりたい」
という想いからではなく、
目的は、
「社会システムからの自主独立」
であった。
1961年に制定された農業基本法により、化学肥料や化学合成農薬の使用が大きく推進され始めた。
当時の農業従事者のほとんどは、化学肥料による農作物の生育のすばらしさに驚嘆し、化学合成農薬の効能に歓喜し、農業は他の産業と同様に、経済合理主義のもと近代化へと突き進んだ。
そしていつしか、それまで当たり前にあった、自然に寄り添った農法を実践する人は消えていった。
時を同じくして、60、70年代安保闘争を中心とした社会運動が起きた。
経済発展を最優先とする社会の大きな流れに抗おうとした人々の運動である。
加えて全国で公害問題も次々と発生し、人々の社会への不信感はどんどん大きくなった。
それらの運動を経て、それでも思いは通じず、資本主義、対米従属主義でひたすら突き進む大きな社会と、「争う」という思考を越えた人々が現れた。
大きな社会に抗うのではなく、
「社会に依存しない、自主独立した生き方を実践する」という思想が生まれた。
テーマは、「社会システムからの脱却」。
そのための表現として、「有機農業」が始まった。
先の通り、この時代の農業には化学肥料、化学合成農薬が蔓延していた。
しかし、それらは「大きな組織」から「買う」ことでしか手に入れることができないものであり、
それを使うことは、「社会システムへの依存」を意味する。
つまりそれらを全く用いず、自身の圃場内での循環で作物を育て、
できた作物を流通させるルートも、顔の見える人の手から手へ。
「社会がどう変わろうと、自分達を変えることはできないぞ」
という、力強い表現。それが社会システムからの脱却への道だった。
まさに現代アートさながら。ライフスタイルでアートをする人々。それがその頃の有機農家だった。
その話を伺い、なんてかっこいいんだ、と感動した。
自主自立し、その周りに豊かな繋がりを生み、小さなコミュニティを形成する。
有機農家は小さな持続可能社会の起点となる。
僕もそこを目指したい。
2016年7月3日日曜日
書きたいのに書けない…。
ブログの更新が滞っております。
そもそもこれは多くの方に読んでいただくためではなく、
自分の備忘録と思考の整理のために書いているので、
時間がある時に書けばいいと思ってはいるものの、
あまりにも書けなさ過ぎました。
おかげで頭の中は混沌としております。
忘れたくないけどうまく言葉にできないままの日々の想いが、
ぐるぐると回ったり、ちょっと消えたり(もったいない)、
あぁ書きたい。なんでこうも時間がなくなってしまったのか。
これからは毎日分書くのではなく、なんとか時間がとれた時に、
自分の頭が整理できる分だけ書くようにしようと思います。
そもそもこれは多くの方に読んでいただくためではなく、
自分の備忘録と思考の整理のために書いているので、
時間がある時に書けばいいと思ってはいるものの、
あまりにも書けなさ過ぎました。
おかげで頭の中は混沌としております。
忘れたくないけどうまく言葉にできないままの日々の想いが、
ぐるぐると回ったり、ちょっと消えたり(もったいない)、
あぁ書きたい。なんでこうも時間がなくなってしまったのか。
これからは毎日分書くのではなく、なんとか時間がとれた時に、
自分の頭が整理できる分だけ書くようにしようと思います。
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